2012年01月06日

フィルムの行方が心配だ

2012年、年が明けていきなり飛び込んできたのは、コダック経営危機のニュース。常用しているモノクロフィルムはTri-X(400TX)だから、このニュースは他人事ではない。
400TXは100フィートの長尺フィルムをローダーで切り出して使っている。そろそろ在庫が尽きてきたので、年末にヨドバシに買いに出かけたが、4300円前後だった100フィート缶が、6000円という異常な値上げされているのを目の当たりにして、コダックもそろそろ本当にヤバいかと思っていた矢先のニュースだった。
イルフォードだのアグファだのといったメーカーのフィルムを使うつもりはさらさらないから、もしコダックがフィルム事業をどこかの会社に売らずに破産でもしてしまったら、デジタルへの移行を本気で考えなければならないかもしれない。

と思いながら。年明けの撮り初めに東上野から浅草を流してきた。





稲荷町〜合羽橋界隈の路地をうねうねと歩き回る。適度に旧い風景が散見するが、写欲がまったくそそらない。それはおそらくタイミングの問題で、年明け早々の気分は風景ではなく、人撮りスナップだったのだ。人がまばらな路地の風景はただ寂しい。







合羽橋から大通りを横切って浅草の街に入ると、爺さん婆さんがどっと増えるのと同時に写欲も湧いてくる。


昨年の震災以来、失せていた人撮り欲がどうやらやっと戻ってきたのを実感する。


なんとなく復調の兆しの見えた年明け。
できることなら、今年もフィルムで撮り続けたいものだ。

NikonF3 / Ai Nikkor 28mm F2.8 Ai Zoom Nikkor 35-70mm F3.3〜4.5S
400TX / D76
posted by kury at 22:04| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真/カメラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月31日

この一年をリセットする日がきた

2011年も間もなく終わる。
私的1年を総括しておこうか。

えらい年だった。

この一言に尽きるのは私だけではあるまい。

なんとなく好調な出足かと思われた今年を全部チャラにしたのは、やっぱり3.11だった。
あの揺れを私は秋葉原で感じた。
咄嗟に思ったのは、どこで死ぬことがあろうと、こんな所だけでは死にたくない、ということだった。
私が最も嫌いな人種であるところの所謂「アキバ系ヲタク」の屍に重なって、あるいは重なられて死ぬ自分を想像して、心からそう思った。そして幸いにも命を失わないで済んだことを神に感謝した。

多くの人がそうであると同様に、この日を境に私もいろいろなことが変わった。

何が大切で何が要らないのか。
誰が大切で誰がそうでないのか。

そして誰が味方で誰が敵なのか。


それまで自分の最も大切なことのひとつであると思われた写真はこの日を境にしばらくモチベーションを失った。「写真どころ」ではなかったのだ。
写真絡みでいろいろやろうと思っていたことは、すべて実行することができなかった。「写真を撮る
気」にならない日が続いた。

いろいろな人間の真の善意と見せかけの偽善に触れた。また、「自分さえよければ他人のことなどどうでもいい」人間どもも。

夏の段階で、私は「今年」を捨てた。

公私ともに残りの日々を怠惰に過ごし、やっとこの最悪な1年をリセットする日がやってきた。

リセットするからには、今年とはまるで違う1年を送りたい。

来年はそういう1年でありたい。

よいお年を。

新宿(Shinjuku)20111222

新宿(Shinjuku)20111222


Nikon D200 / AF-S NIKKOR 18-200mm F3.5-5.6 G ED
posted by kury at 17:26| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常/非日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月01日

廃線跡

個性個性というけれど。
基準を知らない人間のいう個性なんて、実は個性でもなんでもなくて。

結局基本を学ぶ気のない人間の理論武装なんてメッキが剥げるのも早い。
好きにやればいいけれど、そのことは憶えておいたほうがいい。

廃線跡を歩いた。





もう列車が通ることのない線路は哀しくて。

やっぱりこういう風景は冬が似合う。




NikonF3 / Ai Nikkor 28mm F2.8
400TX / D76
posted by kury at 21:02| 東京 曇り| Comment(2) | TrackBack(0) | 写真/カメラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月26日

Last Train Home

3度のメシの次くらいに音楽が好きだ。
3度のメシより……などとは敢えていわない。だって音楽で腹は膨れないからね。

メシには随分好き嫌いがあるが、音楽にはほとんどない。
ロックもポップスもジャズも。演歌だって決して嫌いじゃない。

そもそも音楽のジャンル分けはナンセンスだと思っている。
好きか嫌いか。それだけである。

あまり好き嫌いはないが、最近、「嫌い」な方は少しはっきりしてきた。
幼稚・稚拙な音楽は好きじゃない。楽しい気分にはなるかも知れないが、安らか気分にはなれないからだ。ちなみに訳のわからん(そして幼稚な)ユニット名で活動しているやつらはなおさらだ。名は体を表すという。幼稚な名前の連中から高度な音楽を聴いたためしはない。

気分が荒ぶっている夜はパット・メセニーが聴きたくなる。



Pat Metheny Group - Last Train Home

パット・メセニーは革新的なミュージシャンだ。
ジャズというカテゴリーの中で活動をしているが、特にグループ名義での彼は革新的だ。

70年代、クロスオーバー〜フュージョンという流れがジャズのフィールドから出現したとき、そのシーンにいたミュージシャンたちは「軽薄だ」と随分叩かれたものだ。

クラシック同様、ジャズの世界も多分に保守的だ。これらのジャンルは演り手だけでなく、聴き手がジャンルの枠に凝り固まろうとする傾向が強い。

だからそれはナンセンスなんだって。

しかし、パット・メセニーはかつてのフュージョン畑のミュージシャンよりはるかに革新的なのに、なぜかその点を叩かれない。
それは多分、彼が本質的な音楽を演っているからなのだと思う。

ジャズの連中は、保守的な割には「気に入ったものはなんでも我が方」と言い切ってしまうずるさがある。

まあ、それもナンセンスだね。

垣根を取り払った方が楽しいのにね。音楽に限ったことではないけど。

パット・メセニーが本質的なことだけは確かなようだ。だって、どんなに荒ぶった気分の時でも、彼の音楽を聴くと安らかに眠りにつけるから。
タグ:PAT METHENY
posted by kury at 22:35| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月25日

神奈川県は日本一住みにくいか?

所用で相模原市の或る街へ行った。
私の住む街から小田急線に乗ってほんの20分ほどの場所だ。

駅を降りた時点で、街の様相が異常に私には見えた。

駅のベンチでビックマックを喰らうオンナ。床までぐしゃぐしゃに汚して食い散らかしている。
その隣では思い切り下品な音を立てて鼻を嚼み、ティッシュを床に投げ捨てる中年オンナ。

駅前広場では、うんこ座りをして(パンツ丸見えだ)煙草を吹かしながらケータイに見入る30オンナ。
昼食に入った中華屋では平日の真っ昼間からビールを何本も空ける個人商店主ふうのオヤジ。

どこにでもいそうだが、その実めったにお目にかかることのできないようなやさぐれた人間たちをその街に滞在したほんの小一時間の間にずらっと並べられてうろたえた。

なんという街だ。
これが自称文教都市を謳う政令指定都市の光景だ。

もっとも私の住む街も偉そうなことはいえない。

健全青年育成都市宣言」などとごりっぱな理念を掲げてはいるが



どこを見回しても健全な青年などいない。三多摩エリア最低の治安の街だ。



だが。ここまでは酷くない。

千葉や埼玉に比べて、神奈川には洗練されたイメージがあるが、それは錯覚だ。

横浜市の消防署内で賭けマージャン
http://t.asahi.com/4paa

神奈川軒県警の度重なる不祥事は全国的に有名だが、消防署員も負けてはいない。

物価最高は横浜市、2年連続
http://t.asahi.com/4p9g

物価も日本一高いらしい。



神奈川は日本一住みにくい街だ。


posted by kury at 22:07| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常/非日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする